2011年7月5日火曜日

繋がる

最近は色々なところで繋がるというキーワードを見聞きします。
僕自身も繋がっていくことは大切なことだと確信しています。
どのような世の中のシステムになったとしても、
きっと行き着くところは人と人との繋がりなんだろうと思います。
SFの世界で描かれるような遠い未来の世の中では、
もしかしたら全く違っているかも知れませんが、
僕が生きている間くらいは、
人と人との繋がりが重要であってほしいものです。

ところで今、本当にあちらこちらで見聞きするほど、
繋がりを大切にしている人たちは多いのでしょうか。
確かにTwitterやSNSなどで世界中の人たちと繋がっている感じはします。
更にそこからの情報でリアルな世界でも親交が深まったりしています。

ただ、僕の体験というか体感ではそれほど繋がりを大切にはしていない気がします。
大切にしているのは自分を中心とした繋がりだけではないでしょうか。
だから情報発信元としての自分と自分のグループとそこへ集まってきた人たちは、
充実感や高揚感をしっかりと味わっているので、
繋がりは大切だと真面目に素直に思っているし、
そのことを広く公言しているのだと思います。

しかし、本当に繋がっているということの意味はそれだけではなく、
そこへ集まってきた人たちの発信した情報にも耳を傾けて、
しっかりと自分を通じて更に広げていくということではないでしょうか。
ギブアンドテイクと言ってしまうとちょっと違和感があるかも知れませんが、
そういうことではないかと思っています。

僕の場合はアート系の情報がパンクするほど入ってきます。
僕が意識して収集していることもありますが、
向こうから勝手にやってくることも多いのです(笑)
そんな情報のやりとりを興味深く見ていると一方通行であることに気がつきます。

例えばAの発信したイベント情報をBが受け取って参加します。
でもBから他への情報伝達はほとんどありません。
ここでAはBとの繋がりを得たことになります。
今度は反対にB発信のイベント情報をAが受け取ります。
ですがこのイベントにAが参加するとは限りませんし、
もちろん情報もそれ以上伝達されません。
これでは繋がっているとはいい難い状況です。
もちろん嗜好の問題ですから一概には否定できないですが、
AはBと繋がっていると感じていてもその反対はどうでしょうね。

こんな一方通行な状態でも繋がりを大切にしていると言えるのでしょうか。
対等で相互理解があり行き来することを繋がると言うのです。

0 件のコメント: