2012年5月14日月曜日

母の日


 一日遅れだが昨日の母の日にはこんな私でさえ少々の想うところがあるものだと、自分で関心してしまった。と言っても既に母は他界して随分と過ぎてしまっている。昨年3月に父が亡くなるまでは、それほどの気持ちもなかったことは事実。『親孝行したいときには親はなし』とは上手く言い表している。
 もっと何かできたのではないのかという後悔の念を時々ではあるが抱くことがある。そういう今の気持ちを自分の子どもたちに伝える方がいいのか、それとも、改めてそんなことを言う必要もないのか考えてみた。私の親不孝に対して親はどう思っていたのか、今となっては知るすべもないが、どうあっても子どもは子ども、総じてある程度は満足、或いは納得していたと思いたい。自分が親に対して行ってきた行為より少しは良いのであれば私はきっと満足して死んでいくことになる予感がする。
 親から子へ、子からまたその子へと繋がれていくのは何なのか。単に動物としてのDNAだけではなく、人としての得体の知れない何かがあるような気がする。生きる場所の気候や風土、人種や思想も含めた大きな意味での文化とでもいうべきもの。この血の濃さまでもが薄まってはいけない。

0 件のコメント: