2012年6月24日日曜日

目的と手段


 いったい目的はどこにあるのかわからないことをこのところ連日見聞きする。もちろん永田町あたりに巣くう魑魅魍魎どものことだ。きっと以前は崇高な志を抱いていたはずだと信じたい。が、しかし、まるで何かに取り憑かれたようにその地位にしがみつくことだけを目的に生きている様は余りにも見苦しく同じ日本人として屈辱さえ感じてしまう。そんな様を日本の重大事だとして報道し続けるメディアにも問題がある。確かに重大事ではあるが、多分その意味するところは違っている。

 国民のために政治を行うには選挙で当選してその地位にいなければならない。そのことは重要ではあるが目的ではないはずだ。選挙で当選してその地位を手に入れるのは、政治を行うための手段である。そんな簡単な目的と手段の区別もつかなくなってしまう永田町とはいったいどんな場所なのか、一生知ることが出来ないのは少々残念な気もする。

 そんな単純で青臭いことではないと世間の大人たちには言われそうだ。世の中は複雑で難題が山積している。一筋縄では解決出来ない。十分承知はしているが、敢えて言いたい、そんな単純で青臭いことさえできない大人たちに、天下国家を語る資格などないと私は思う。

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