2017年1月22日日曜日

2017.1.22


1995年1月15日、私は大阪アメリカ村にあるギャラリーで開催されていた個展の企画者としてそこにいた。昼下がりに私より年配の男性とその娘と思われる高校生くらいの二人連れが入ってきた。特に交わす言葉もなく作品を見ていたが、そのうちにその女性がある作品を指さして何か言った。どうやら気に入ったのでねだっていたようである。嬉しそうな笑顔を見せながら彼女は作品の購入を告げた。個展が終わってから引き渡しになることや作品代金のこと、郵送先の住所などを聞きながらわかったことだが、彼女は山口県から神戸に住んでいる叔父のところへ遊びに来ていたそうだ。4月からの進路も決まり、初めての一人旅。今日は叔父に連れられて初めてのアメリカ村、初めてのギャラリー、初めての作品購入。嬉しそうな顔をしていて当然だった。二日後彼女は亡くなった。阪神淡路大震災。私はそれ以前からギャラリーへ訪れる人たちに対して「一期一会」の心を忘れずに接してきたつもりだった。でもこれ以降この言葉を使うことを恐れている。私にとっての何十時間のうちの僅か30分、でも彼女には18年という人生の中の30分、それが全て。重みが違いすぎる。ギャラリーで見せていた彼女の笑顔。その笑顔を知っているのは私だけ。私が忘れることは絶対にあってはならない。そしてあの笑顔を一人でも多くの人たちに伝えることが私が負っている責任なのだろう。

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