2014年1月22日水曜日

問題の本質は?

先日TwitterにA氏の投稿がありました。

新幹線で乗り合わせた小さな子ども連れの客と、
近くの席に乗り合わせたB女史の出来事です。

子どもが泣き始めそれがなかなか泣き止まないときに、
B女史は「うるさいなぁ~」と言いながら舌打ちをしたそうです。

そこでA氏はそういうB女史の態度に批判的な投稿をしました。
するとその意見に賛否両論の意見がたくさん寄せられたそうです。
もちろんそれらの意見は簡単に想像がつきます。
さらにこの出来事を題材にして、
あるローカルのニュース番組でも特集を組んでいました。
当然賛否両論の意見が紹介され、
さらに小さな子どもを持つ親世代にもインタビューをしていました。

子どもが泣くのは当然だ、
公共交通で他の迷惑になるようなことは慎むべきだ、
それくらいのことは我慢しろ、
子どもを泣かせないようにするべきだ、
仕方ない・・・・

等々、紹介された意見もTwitterに投稿された意見も、
それぞれの立場や考え方に『一理』はあるので、
簡単には解決できない問題だなぁ~

と、

思ったのですがどこかに違和感がありました。

そもそも、新幹線の車中で子どもが泣いたら迷惑です。
そんなことは当然でしょう。
そういう共通認識をまず忘れているようです。

さらに、それでも子どもを乗せるのなら、
親はそれ相応の準備や対応策をとるべきです。
そしてそこに乗り合わせた乗客に対して、
迷惑をかけるかも知れない、
或いは迷惑をかけてしまい申し訳ないという態度を表さなければなりません。
他の乗客も迷惑だが親がちゃんとした行動を取っているなら、
ある程度は『我慢』するべきです。

要するに、
単純にコミュニケーション能力が欠如しているということと、
心にゆとりがなく我慢するという行動がとれないということではないのか?

問題の本質は「こっちの方」に違いないと思います。
LINEやTwitter、Facebookなどこれだけのツールがあるのに、
いったいコミュニケーション能力の低下は底がないようですね。

ではなく、コミュニケーション能力の低下の原因は、
これらのツールだと決めつけては言い過ぎなのか?

もう一つ我慢できない人々も増加中ですね。
我慢するのは体に良くないという考え方が大勢を占めています。
一歩譲ることがどれほど体に良くないことなのか私には理解できませんが、
自分の意見をしっかりと表現することと、
社会生活において我慢するということは次元の違うことです。
どうも世の中はこの両方を同じ次元で論じているようです。


もっと書きたいが、またそのうち・・・つづく。



2014年1月16日木曜日

先ほどまで

ブログの投稿ができなかった。
このところずっと・・・

もっとも特に投稿ができないことで支障がないのでほっておいたが、
ずっと投稿できないとなるとなんだか居心地が悪いものだ。
そこで、色々とあちこちさわっていたら突然出来るようになった。
全く素人はこれだから困る。
結局のところどこが悪かったのか不明のまま。
きっとそのうちまた投稿できなくなるのだろう。


そんなこんなでもう成人式も終わってしまった。

明日は1月17日。

月日が経つのは早いものだ。
当時の記憶は、やはり心の傷を思い出させる。
私の傷などかすり傷のようなものだろう。
それでも決して忘れはしない。


あの日はプロデュースをしていた個展の最終日。
会場は大阪市内。
大きな揺れで目が覚めた。
朝のニュースでは大地震だということはわかったが、
まだ詳細はわからなかった。

個展会場が気にかかるので車で向かったが阪神高速は通行止め。
大阪市内も車の窓から見る限りガラスの割れ程度の被害だった。
幸い作品には被害がなかったが、当然会場は当日封鎖。
早めに搬出を終え昼頃に会場近くの友人宅へ。
そこで目にしたテレビに数時間動けなかったことを覚えている。


前日の16日、
地方の女子高生が叔父さんと一緒に来場して、
作品を買ってくれた。
大学も決まり、それを記念して神戸の叔父さんのところへ来ていたそうだ。
初めての一人旅、初めての大阪、
もちろん個展に来るのも作品を買うのも初めて。
「個展後に送ります、楽しみにしていてください。」
と交わした言葉が最後の会話になった。

後日ご実家へ発送の案内の電話を入れると、
あの震災で神戸で亡くなったと言われた。
何も言葉が出てこなかった。
絶句するというのはこういうことなんだ。


春からの大学生活に心馳せて嬉しそうに笑った彼女の笑顔を今も忘れない。


個展は一期一会。
私や作家にとっては数多くの個展の一つかも知れない。
数日間に及ぶ個展のほんの一瞬かもしれない。
でも来場者には人生において唯一かけがえのないひとときになることがある。
私は関係する個展で基本的に会場に常駐するようにしているのは、
どうしてもこの記憶があるからだ。

あの出来事以降、
確かに人生観は変化した。

あの女子高生が短い人生においての、
ただ一度の個展に関係できたことは、
重く重く今でも心にある。

そう、これは傷ではなく誇り。

あの子が命をかけて私に託した個展の基本。

さて、誰か繋いでくれるのだろうか。




2014年1月1日水曜日

謹賀新年




人生を迷いながら
気がつけば年は行き年は来る。

皆様、新年明けましておめでとうございます。

大阪の元旦は穏やかな一日でした。
今年一年がこのように優しく素敵な一年になりますように!

2014年1月1日